大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成10年(う)681号 判決

主文

原判決中、被告人両名に関する部分を破棄する。

被告人Aを懲役六年に処する。

原審における未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

被告人Bは無罪。

理由

第一  各控訴の趣意

本件各控訴の趣意は、被告人Aの弁護人鈴木重治の控訴趣意書、並びに被告人Bの弁護人鈴木孝裕、同長野哲久連名の控訴趣意書及び弁護人鈴木孝裕の控訴趣意補充書各記載のとおりであるから、これらを引用するが、その各論旨は、以下のとおりである。

一  被告人Aの弁護人鈴木重治の控訴趣意

1  事実誤認の主張

論旨は、原判決の(罪となるべき事実)第二の被告人Aに対する強盗致傷の事実に関して、同被告人は、Cが強盗を企てているということを認識していなかったのみならず、その強盗の企てに加わることを決意したり、Cらとの共謀もしていないから、同被告人には強盗致傷罪の共謀共同正犯は成立せず、原判決は被告人Aの警察官調書及び検察官調書の信憑性の評価を誤っており、また、原判示第二の事実の認定には、事実の評価や推論の誤り及び経験則違反がある、というのである。

2  法令適用の誤りの主張

論旨は、仮に原判決による事実認定に誤りがないとしても、被告人Aには強盗の共同実行の意思はなく、幇助の意思があったに過ぎないから、同被告人には強盗致傷の共同正犯ではなく、その幇助犯が成立するにとどまる、というのである。

3  量刑不当の主張

論旨は、実行行為者と刑の均衡を欠くこと、被告人Aに反省・後悔が見られること、父親、妻、子どもらが同被告人の帰りを待っていること、さらに原判決の量刑の事情は誤った事実認定を基にしていることから、原判決の懲役八年の刑は重すぎる、というのである。

二  被告人Bの弁護人鈴木孝裕、同長野哲久の控訴趣意

1  法令適用の誤りの主張

論旨は、原判決は、(罪となるべき事実)第三において、被告人Bは、「同被告人(被告人A)が、自らに対し、Cらと一緒に前記のような強盗を企てていることを打ち明け、(中略)暗に、その犯行を見逃す(黙認する)よう求めると、(中略)同被告人の右意図を察知すると、(中略)同被告人の右の求めに応ずることを決意し、同被告人に対し、「関係ないならいいです。」などと答えて、それ以上に止めようとはせず、これに関知することを避けて過ごす態度を示し、そのことが同被告人を安堵させ、右犯行を容易にさせるものと認識しながら、その後も、右犯行を防止したり、その被害を避けるための措置を何ら講ぜずに過ごし、もって、同被告人らの前記第二の犯行を容易にさせてこれを幇助した。」旨判示するが、犯行を防止したり、その被害を避けるための措置を講じないという不作為が、幇助犯たりうるためには、正犯者の犯行を防止すべき作為義務があることが必要であり、その作為義務は、民事上の義務とは別に、特別に犯行を防止したりその被害を避けるための措置を講じなければならない刑事法上の義務というべきものであり、乙山の従業員であるということから、同義務を直ちに負うものではなく、また仮に、被告人Bが、主任として甲野の売上金等を乙山の本社から現金輸送車で来訪する集金人に託して本社に納める業務に従事していたとしても、集金人でもその補助者でも警備員でもなく、その上、本件被害金は甲野の売上金等ではなく乙山の他店舗の売上金であって、同被告人の右納入業務とは関係ないので、同被告人に本件犯行を防止すべき法律上の義務は認められず、結局、被告人Bには不作為による幇助犯は成立しない、というのである。

2  事実誤認の主張

論旨は、(一)原判決は、犯行の動機に関連して、(罪となるべき事実)第二及び第三の中で、被告人A、同Bの両名は、甲野の保管金を多額に使い込み、その穴埋めができずにいたと認定し、さらに、(検察官及び弁護人らの各主張に対する当裁判所の判断)の中で、被告人両名は、本件犯行が行われた当時、合計五〇〇万円余りの乙山の売上金等を無断で費消するに至っていたと認定しているが、被告人両名で五〇〇万円余りを横領していることはなく、ましてや被告人Bが使い込んだ金額は精々約三〇万円である。(二)(罪となるべき事実)第三の中で、「被告人Aが犯行を見逃す(黙認する)よう求め」とあるが、被告人Aが被告人Bに犯行の企てを打ち明けるようなことは考えられず、被告人Bが冗談と受けとめたという方が自然であり、同被告人は被告人Aの意図を理解できずにいたのであるから、被告人Bに被告人Aを安堵させ、その犯行を容易にさせるとの認識はなく、従って被告人Bには幇助の意思がない、(三)(被告人らの身上経歴等)及び(罪となるべき事実)第二及び第三において、被告人Bが、被告人Aと同じく、甲野のゲーム機の売上金を丙川の金庫に納めて保管し、同金庫に保管される丙川と丁原の売上金等と一緒に、本社から来訪する集金人に託して本社に納める業務に従事していた、と認定されているが、被告人Aの職務権限・内容と被告人Bのそれとは異なり、被告人Aが甲野の売上金を本社に納入する職務を負っていたとしても、被告人Bは、同売上金を本社から来る集金人に託して本社に納める業務には従事しておらず、原判決がいうように、同売上金が右集金人によって確実に本社に搬送されるよう努めるべき義務を負っていたとは認められないので、作為義務の存在を前提に不作為による幇助を認めたのは誤りである、というのである。

3  量刑不当の主張

論旨は、仮に被告人Bにつき幇助の責任を問われることがあったとしても、それは被告人Aから一方的に話を聞かされたことによるもので、正犯者らの実行行為の内容も未必的な認識しかないなど、その関わり方は消極的なものに過ぎず、その他の情状を考慮すれば,被告人Bについては、酌量減軽の上、執行猶予にするのが相当であるから、原判決の懲役四年の刑は重すぎて不当である、というのである。

第二  当裁判所の判断

各控訴の趣意について、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて、以下のとおり判断する。

一  原判決の事実認定及び法令の適用について

1  被告人A関係

被告人Aの弁護人は、前記のとおり、共犯者とされているブラジル人らが実行した強盗致傷の犯行について、被告人Aには共同正犯としての責任はなく、あるいは責任があるとしても精々幇助犯であるに過ぎない旨主張する。

ところで、原判決が被告人Aに共同正犯の責任を認めた、ブラジル人らによって実行された犯行は、ブラジル人のCら四名が、平成八年一一月五日午前九時一五分ころ、浜松市内のビル近くにおいて、同ビル内にあるパチンコ店から売上金を集金した集金人から、顔面を殴打して昏倒させるなどの暴行を加えて、現金約一九六五万円を奪い取り、その際同人に加療約一〇日間の傷害を負わせた、という強盗致傷の犯行であるところ、原審で取り調べた被告人Aの検察官調書及び原審公判供述、被告人Bの検察官調書及び原審公判供述等によれば、客観的事実として、<1>被告人Aは、平成八年一〇月中旬において、甲野の両替用現金から自らの計算でも既に約三五〇万円を使い込み、それを発覚しないよう埋め合わせする方法も見つからないまま経過し、苦慮している状態にあったこと、<2>Cが盛んに現金を欲しがり、甲野と同じビルにあるパチンコ店の売上金の額や集金の状況を聞くなど、あるいは何かを企んでいるのではと窺わせるような言動をしていることを認識していたこと、<3>同年一〇月一八日ころの夜、甲野の事務所において、Cから右パチンコ店に売上金を集めに来る集金車から、オートバイを使って現金を奪う決意をしていることを打ち明けられ、その際、奪った金の半分をくれるとの約束で、集金車がパチンコ店に来たことを連絡してくれるよう協力を依頼されたこと、<4>その後Cから直接の会話であるいは電話で、ブラジルに帰るのに金がなくて困っている、明日やるので電話下さい、という集金車の到着を連絡してくれることを懇願あるいは要求する働きかけがあったこと、<5>前記犯行当日の朝、Cから電話があり、もう今日やらないとだめです、今日しかないです、集金の車が来たら電話下さいと強く言われて、被告人Aは、電話をする旨返事をし、その後集金車が来るのを確認して、Cに電話で集金車が来たことを知らせたこと、<6>集金車が襲われたことを知ると、被告人Aは犯人探しを装って、自らも走り回っていること、<7>犯行当日の午後及び夜に、被告人Aは、Cと電話で連絡を取り、落ち合って、Cから約束どおりということで、奪った現金からその約四分の一の五〇〇万円を受け取っていること、<8>同日夜、被告人Aは、甲野の事務所に赴いて、使い込んだ金を穴埋めする意図で、右五〇〇万円のうちから三〇〇万円を金庫に納め、さらに翌朝一六〇万円を納めていること、が認められる。これらの事実によれば、被告人Aは、予想される奪取金の半分を分け前として受け取る意思で、Cらが集金車を狙って強盗を実行することに協力することを決意し、当日集金車が来たことをCらに連絡したものと認められ、自ら強盗によって直接利益を得ることを欲して、強盗の実行行為者らへの集金車到着の連絡ということが、当該強盗の実行にとって重要な比重を占めることを認識しながら、その連絡を行って、強盗の実行に加担したと認められるので、被告人Aが本件強盗致傷の共同正犯者というべきことは明らかであり、幇助犯にとどまるものではない。

したがって、前記弁護人の、被告人Aの検察官調書及び警察官調書における供述の信用性の欠如や原判決の事実評価の誤り及び経験則違反を理由に、事実誤認をいう論旨、及び幇助犯に過ぎないとして法令適用の誤りをいう論旨は、いずれも理由がない。なお、被告人Aは、原審及び当審において、Cらの犯行計画は冗談だと思った旨弁解するが,同人らの犯行計画が冗談でないことは、Cが繰り返し強盗実行の意思を告げ、同被告人に協力を要求していることから、十分認識できたはずであり、犯行当日朝もCに迫られて集金車の到着を知らせ、その日のうちに同人と連絡を取り合って五〇〇万円の分け前を受け取っている被告人A自身の行動からも、それが裏付けられるのであって、右弁解は到底信用できない。

2  被告人B関係

(一) 被告人Bの弁護人は、前記のとおり、被告人Bについては、被告人Aらの犯行を阻止する措置を講じなかった不作為による幇助が認められる前提となる犯行を防止すべき義務が、乙山の従業員としての立場からも、あるいは甲野の売上金を乙山本社に納める業務に従事していたとしても、いずれにしても認められないので、不作為による幇助犯は成立しないと主張する。

(二) そこで、右主張について検討する前に、原判決をみると、被告人Bのいかなる行為が幇助行為に当たると認定しているのか、必ずしも明確とはいえないので、まずこの点について触れておく。

a すなわち、原判決は、(罪となるべき事実)においては、「被告人Bは、(中略)同被告人(被告人A)の右の求め(犯行を見逃す(黙認する)ようにとの求め)に応ずることを決意し、同被告人に対し、「関係ないならいいです。」などと答えて、それ以上に止めようとはせず、これに関知することを避けて過ごす態度を示し、そのことが同被告人を安堵させ、右犯行を容易にさせるもの認識しながら、その後も、右犯行を防止したり、その被害を避けるための措置を何ら講ぜずに過ごし、もって、同被告人らの前記第二の犯行を容易にさせてこれを幇助した。」と判示し、さらに、(検察官及び弁護人らの各主張に対する当裁判所の判断)においては、「被告人Aは、平成八年一〇月一八日ころと下旬ころ、甲野の事務所内において、被告人Bに対し、Cらと共に丙川の金庫から集金人を介して本社に納められる甲野の売上金も含む現金を強奪しようと企てていることを敢えて打ち明けたものと、そのように打ち明けた意図は、その犯行後に被告人Bが少なくとも犯人のCらを他に明らかにするおそれがあり、そのことを予め防止することにあったものと、被告人Aは、被告人Bに自らの犯行計画を明らかにしても、被告人Bも甲野の保管金を使い込んでいたことから、その話を他言しないことを期待し、かつ、そのことを、暗に求め、被告人Bは、わざわざ自らに右の犯行計画を打ち明けた被告人Aの右意図や求めを了解しえたものと、被告人Bは、自らが述べるように、困惑し、当初は、被告人Aに犯行を止めるよう促す発言をしたものの、同被告人から「Bちゃんには関係ないから。」などと言われると、もし、同被告人らがその目的を遂げれば、その奪った金で二人が使い込んでいた甲野の金の穴埋めができることも期待して、同被告人の右の求めに応ずることを決意し、「関係ないならいいです。」と答え、それ以上、やめさせようとする態度を示さずに過ごし、被告人Aらの犯行を防止したり、その被害を避けるための何らの措置も講ぜず、(中略)に過ごしたものと、被告人Bは、自らも述べるように、当然、自らのそのような態度が被告人Aを安堵させ、その犯行を容易にさせることを認識していたものと、被告人Aは、被告人Bの右のような態度から、同被告人が右の自らの求めに応ずる決意をし、自らの企てを他に漏らしたりして妨げるようなことはしないものと認め、それ故、本件犯行を遂げえたものと認めるのが相当である。このように、本件犯行については、被告人Bは、これに先立ち、これに加担した被告人Aからその企てを知らされながら、同被告人の求めに応じてこれを黙認、放置して過ごし、そのことがその犯行を容易にさせた事実が認められる。」(一二九~一三三頁)と判示する。

b 原判決の右の判示からは、被告人Bの幇助行為としては、<1>「関係ないならいいです。」という発言などによって、被告人Aらの犯行に関知せず、犯行や犯人について事前にも事後にも他言しないとの意思を明示ないし黙示に示し、そうした意思表示行為が作為による心理的幇助行為に当たる、<2>犯行を阻止しあるいは被害を避ける措置を取らずに過ごしたという不作為が、作為義務違反としての幇助行為に当たる、ということが考えられる。

c そこで考察すると、右<1>については、被告人Bの「関係ないならいいです。」という発言も、犯行の意図を明らかにした被告人Aとの間で、犯行を止めさせようとしてやりとりがあった際、被告人Aの「Bちゃんには関係ないから」との発言を受けてなされたものであり、それは、止めるよう説得する行為はもはやしないとの意思の表れと解することはできるとしても、それ以上に、被告人Aらの犯行について一切他言しないとの意思までも表したものと解するのは、いささか飛躍があるといえるのであり、その他に、被告人Aらの犯行計画やその意図を知った際の被告人Bと被告人Aとのやりとりの中で、被告人Bが被告人Aとの間で、同被告人らの犯行を一切他言しないとの明示ないし黙示の承諾を交わしたと認めるに足りる事実は存せず、むしろ、被告人Bの検察官調書の記載や原審公判での供述によると、被告人Aらによる犯行の実行を望まず、右犯行計画を上司等に報告しようかと何度か迷った心境も述べられていて、右の承諾をしていなかったことを窺わせるのである。そうすると、前記<1>の作為による幇助行為は、いまだ認定することができないといわねばならない。

d なおここで、原判決の(罪となるべき事実)に記載されている、被告人Bが甲野の保管金を被告人Aと共に使い込み、その穴埋めができずにいたことが、被告人Aらの犯行を他言しないことを承諾する動機になるのではないかと考えられるので、この点を検討しておくと、原判決は、「被告人両名は、本件犯行が行われた当時、合計五〇〇万円余りの乙山の売上金等を無断で費消するに至っていた。」(三八頁)と判示するが、右認定の根拠は明確でなく、しかも右五〇〇万円のうち被告人Bが使った金額はいくらなのか認定されていないのであり、被告人Aの検察官調書によると、使い込んだ金額は三五〇万ないし四〇〇万円と思っていたとあり、被告人Bの検察官調書によると、二人で三〇〇万円を使い込んでいたとあるが、結局、記録によっても、被告人AがCから本件犯行への加担を求められ、被告人Bに犯行計画を打ち明けた一〇月中旬ころの二人による使い込みの金額は、三五〇万円程度という以上に確定できないといわねばならない。その上、右二人で使い込んだとされている金額のうち被告人Bが使った金額については、右のとおり原判決もなんら認定しておらず、記録及び当審での事実調べの結果によると、被告人Aの使った金額に比べ、はるかに低いものと認められ、多くても四〇万円程度と推測されるにとどまり、被告人B自身としては、その程度にも至っていないとの認識でいたものといえるのである。そうすると、自分が使い込んだ金額が四〇万円にも満たない程度と思っていた被告人Bが、その使い込みによる責任よりも重大な刑事責任を負うことになりかねない、多額の現金を狙った集金車強盗という犯罪に加担する考えを抱くとはたやすく認められず、結局、右使い込みの事実が、被告人Bの幇助の意思形成の動機になったと見るのには、いまだ疑問があるといわねばならない。

e そうすると、原判決も、前記のとおり、「同被告人(被告人A)の右の求め(犯行を見逃す(黙認する)ようにとの求め)に応ずることを決意し、同被告人に対し、「関係ないならいいです。」などと答えて、それ以上に止めようとはせず、これに関知することを避けて過ごす態度を示し、」、あるいは「「関係ないならいいです。」と答え、それ以上、やめさせようとする態度を示さずに過ごし、」と判示するのみで、被告人Bが被告人Aに対し他言しないことの了解をしたことまでを、積極的に認定しておらず、むしろ、その(検察官及び弁護人らの各主張に対する当裁判所の判断)の第三被告人Bの罪責の三事実認定と被告人Bの罪責と題する項において、「被告人Bは、乙山に対して、被告人Aら、R92ビルの売上金を本社に納入する業務に携わる者らと共に、右売上金が右集金人によって確実に本社に搬送されるよう努めるべき義務を負っていたものと解するのが相当である。したがって、右1の、被告人Bが被告人Aらの本件犯行の企てを事前に知りながら、同被告人の求めに応じて、これを黙認して過ごすことによって、その犯行を容易にした行為は、右の自らの乙山に対する任務に著しく背いたものといわなければならない。そして、これによると、被告人Bは、自らの右行為について、刑事的にも、本件犯行を幇助したとの責任を負うべきものと解するのが相当である。」(一三四~一三五頁)と判示しており、さらに被告人Bに対する予備的訴因が、「被告人は、株式会社乙山の経営する静岡県浜松市《番地略》所在のR92ビル二階ゲームセンター「甲野」の店長として、同社の就業規程に従い誠実に職務に従事する義務を負っていたものであるが、A、D、C、Eほか三名が共謀の上、(中略)強取し、その際、(中略)傷害を負わせるに先立ち、同年一〇月一八日ころ、前記「甲野」事務所において、右Aから右強盗の計画を明かされたのであるから、同社の上司あるいは警察に通報するなどの措置をとって、これを未然に防止すべき法律上の義務があり、かつ、右措置をとって容易に右計画を防止することができたにも拘わらず、右Aから暗に黙認して欲しいと依頼された上、右強取金の一部を同人と共に被告人が使い込んだ前記「甲野」の両替金等の穴埋めにすると明かされていたことから、これに応じ、前記犯行に至るまでの間、右Aらの行為を容認して前記措置をとらず、もって、前記犯行を容易にさせてこれを幇助したものである。」というものであることからすると、原判決は、被告人Bの幇助行為に当たるのは、前記<1>の作為ではなく、<2>の被告人A及びCらの本件犯行を阻止しあるいはそれによる被害を避ける措置を取らずに過ごしたという不作為である、としているものと解される。

(三) 続いて、原判決の、本件強盗致傷の犯行を阻止しあるいはそれによる被害を避ける措置を取らなかった不作為が幇助犯に当たる、との認定、判断の当否について検討する。

思うに、正犯者が一定の犯罪を行おうとしているのを知りながら、それを阻止しなかったという不作為が、幇助行為に当たり幇助犯を構成するというためには、正犯者の犯罪を防止すべき義務が存在することが必要であるといえるのである。そして、こうした犯罪を防止すべき義務は、正犯者の犯罪による被害法益を保護すべき義務(以下、「保護義務」という。)に基づく場合と、正犯者の犯罪実行を直接阻止すべき義務(以下、「阻止義務」という。)に基づく場合が考えられるが、この保護義務ないし阻止義務は、一般的には法令、契約あるいは当人のいわゆる先行行為にその根拠を求めるべきものと考えられるところ、本件に即してみると、被告人Bが各種遊技店を経営する株式会社乙山に雇用された従業員であることから、その雇用契約に基づく義務として右の保護義務ないし阻止義務があるか否かが検討されるべきであるといえる。

そこでまず、被告人Bが乙山の従業員として従事していた具体的な職務との関連において、右の保護義務ないし阻止義務が認められるか検討することとする。ところで、原判決は、被告人Bについて、「乙山に雇用されて、勤め、同社が経営する甲野の主任として、被告人Aと共に、同社(F部長)から任されて同店の業務一般を管理し、その売上金や両替金等も管理し、その売上金を本社に納入すべく、同じビルの階下に在る丙川の金庫に、同店や、やはり、同じビルで同社が経営する丁原と有料駐車場の売上金と一緒に保管し、これを本社からの集金人に託する業務に従事していた」とした上、「これによれば、被告人Bは、乙山に対して、被告人Aから、R92ビルの売上金を本社に納入する業務に携わる者らと共に、右売上金が右集金人によって確実に本社に搬送されるよう努めるべき義務を負っていたものと解するのが相当である。」(一三三~一三四頁)とし、結論として、「被告人Bが被告人Aらの本件犯行の企てを事前に知りながら、同被告人の求めに応じて、これを黙認して過ごすことによって、その犯行を容易にした行為は、右の自らの乙山に対する任務に著しく背いたものといわなければならない。そして、これによると、被告人Bは、自らの右行為について、刑事的にも、本件犯行を幇助したとの責任を負うべきものと解するのが相当である。」と判示する。これによると、原判決は、前記正犯者の犯罪を防止すべき義務に結びつく保護義務として、被告人Bには売上金が集金人によって確実に本社に搬送されるよう努めるべき義務があり、その義務懈怠の不作為が幇助行為に当たるとし、さらに、右の集金人によって確実に本社に搬送されるよう努めるべき義務は、同被告人が甲野の売上金を本社に納入する業務に従事していたことに基づくものである、としているものと解される。

原判決の右の認定、判断を検討するに、まず被告人Bが従事していた職務内容をみると、同被告人は、甲野の業務全般に関与する者として、同店舗内に置かれたゲーム機の売上金、メダル販売機の売上金、玩具機の売上金を、甲野の金庫内に保管し、それを一定期間ごとに本社に納入する職務を負っていたが、その職務として行う各売上金の本社への納入の具体的な方法は、袋に納められた右の各売上金を甲野の金庫内に保管し、一〇日に一回の割合で本社に納入するため、本社から集金に来る前日に、右売上金を甲野の金庫から同じビルの階下にあるパチンコ店丙川の金庫に運んで納めておき、その後は、毎日各遊技店を巡回して各店舗の売上金を集金する本社社員が、丙川の金庫に納められている丙川、丁原の各売上金と共に、収集して本社に運ぶというものであって(原判決自身も「これ(甲野の売上金)を本社からの集金人に託する業務に従事していた」と判示する。)、右丙川の金庫からの収集と本社までの搬送は、経営する各遊技店の売上金を巡回して収集する本社側の担当社員によって行われており、被告人Bが、丙川の金庫に移して納めた甲野の売上金について、その後の本社社員による収集及び本社への搬送に関与することはなかったのである。そうすると、被告人Bの売上金を本社へ納入するその職務も、丙川の金庫へ移して納めるまでであって、その後の同金庫からの収集と本社への搬送は、もっぱら本社社員によって行われていたのであるから、右金庫に既に納められ、その後本社社員によって収集され本社に搬送されようとした本件金銭については、被告人Bの職務の対象から離れているので、同被告人に、原判決のいう「(本社からの)集金人によって確実に本社に搬送されるよう努めるべき義務」、すなわち前記保護義務を認めることはできないといわねばならない。

さらに遡って考えると、原判決は、被告人Bが甲野の売上金を本社に納入する業務に従事し、あるいは同売上金を本社に確実に納入されるよう努めるべき義務を負っていたというのであるが、被告人Aらが対象としたのは丙川、丁原のパチンコ店の売上金であり、かつ現実に奪取された売上金は、丙川、丁原その他の店舗の売上金であって、甲野の売上金は含まれていないのであるが、そのような他店舗の売上金について、被告人Bが職務上どのように関係し、何故義務を負うのか説明がないのであり(原判決は、被告人Bの乙山に対する従業員としての義務の内容に鑑みると、甲野の売上金を本社に納入するのは、一〇日に一回の割合であり、本件犯行による被害金の中に甲野の売上金が含まれていないことは、同被告人の刑事責任を左右するものではない旨判示する。)、むしろ、被告人Aらの本件強盗は、当初からパチンコ店の売上金を対象とし、被告人Bに対してもそのように説明されており、被告人Bにおいても、パチンコ店の売上金を対象とした犯行という認識であったのであるから、パチンコ店の売上金を対象とした犯行を前提として、被告人Bにおける職務上の関連や義務を検討すべきであり、そうすると、被告人Bはその職務としてパチンコ店の売上金に何ら関与することはなかったのであるから、そもそも同被告人の職場である甲野での職務を前提に、本件犯行に関する前記保護義務の存否を検討すること自体、正鵠を得たものとはいえない、というべきである。

さらに、甲野の主任(店長)としての立場から、被告人Bに被告人Aの犯行を阻止すべき義務が認められるかを検討すると、被告人Bは、同被告人及び被告人Aを含めた正従業員三名並びにその他アルバイト員らが働くゲームセンターである甲野の主任の立場にあったとはいえ、その職務内容は、ゲーム機の管理・点検、店内の巡視・監視、売上金及び両替用現金の管理・保管等、ゲームセンターとしての店舗の現場業務に関するものであって、そうした職務とは別途に、他の従業員らを管理・監督するような人事管理上の職務を行っていたわけではなく、原判決も、「被告人Aと同Bは、当時、いずれも、乙山経営の甲野に勤め、同店の業務全般に携わっており、同店では、被告人Bが、主任の立場にあったものの、被告人Aも、同社第一営業部長Fの指示を受けて、被告人Bと同様の仕事を任され、同等の立場でその業務に従事し、その売上金等を管理、保管していた。」と判示しており、被告人Bが被告人Aの行状を監督する職務を特に負っていたものではないから、被告人Bに職務上被告人Aの本件のごとき犯行を阻止すべき義務があったということはできない。

したがって、被告人Bについては、その職務との関係から、いずれにしても本件犯行に関する前記保護義務及び阻止義務を認めることができないといわねばならない。

なお、職務内容とは関係なく、従業員としての一般的地位から、前記保護義務及び阻止義務が認められるか考えると、もしその従事する具体的な職務内容と関連なく、一般的に、例えば雇用会社の財産について保護義務あるいはそれに対する犯罪の阻止義務が認められるとなると、その保護義務及び阻止義務が無限定的に広がってその限界が不明となり、ひいてはそれら義務懈怠の責任を問われないため取るべき行動内容があいまいとなって、余りに広くその義務懈怠の刑事責任が問われたり、あるいは犯罪告発の危険を負うべきかその懈怠の責任を問われるか進退両難に陥らせるなど、酷な結果を導きかねないといえるのであって、職務とは関係なく従業員としての地位一般から、保護義務あるいは阻止義務を認めることはできないといわねばならない。ただ、もしそうした義務が是認されることがあるとすれば、犯罪が行われようとしていることが確実で明白な場合に限られるものと考えられる。そこで、本件における被告人Bの場合について検討すると、被告人Bが、一〇月一八日ころ被告人Aから、C及び同被告人らが集金車を狙った強盗をやる計画があることを打ち明けられ、それを止めさせようとしたが、同被告人に拒否された上、やるしかないとの言葉を聞かされ、同月下旬ころ、出勤した朝方、ソファーに疲れた様子で座っていた同被告人から、「やろうとしたが、やれなかった」旨聞かされたことがあったというのであるから、被告人Bとしては、C及び被告人Aらによる強盗が近い時期に行われる可能性が高いとの推測がついたともいえるのである。しかし一方、被告人B自身は、Cら実際に強盗を実行しようとしている者からはそれについて全く話を聞いていないため、具体的な犯罪実行の時期、方法、さらには実行の決意の程度をはっきりと認識できず、また、被告人A自身、Cに集金車の到着を知らせることは承諾したものの、その後Cの度々の催促があっても、遅疑逡巡して決断が付かずに連絡を断る状態が続き、本件犯行当日の朝になってようやく決断をして、連絡をしたという状況であるから、被告人Bにおいて、その原審公判供述にあるように、被告人Aらが犯行を実行するのかどうか半信半疑のまま経過した、というのも一概に否定できず、被告人Bが本件犯行が実行される以前に、それが明白確実に実行されるとの認識を持ったものと、にわかに断定することはできないといわねばならない。そうすると、前記のように、従業員たる地位一般から保護義務ないし阻止義務が是認される場合があるとしても、被告人Bの場合それに該当するものと認めることはできない。

したがって、被告人Bについて、雇用契約による従業員たる地位一般から前記保護義務及び阻止義務を導くことはできないというべきである。

以上のとおりであって、被告人Bについて、いずれにしても不作為による幇助犯の成立を認める前提となる犯罪を防止すべき義務を認めることができないので、原判決の認定した被告人Aらの犯行を阻止しなかった不作為による幇助犯の成立を、認めることができず、結局、同被告人に対する前記予備的訴因の公訴事実については、その犯罪の証明がないことに帰着する。

二  被告人Aに対する量刑について

所論は、被告人Aを懲役八年に処した原判決の量刑は重すぎるという。

本件は、すでに記述のところからも明らかなとおりの事案であるが、多額の現金を狙った犯罪で、計画的であり、約二〇〇〇万円という被害額も大きく、被告人Aは、実行犯への集金車の到着の連絡という犯罪の成否にとって重要な役割を果たしており、しかも同被告人が加担した動機も、自ら使い込んだ会社の金の穴埋めの資金を作るためというもので、酌むべきものはなく、さらに被告人Bをも引き込んで、自らの関与する犯罪の発覚の隠蔽を図り、自己の責任の軽減ないし回避を狙った卑劣とも思える行動を取っていること、原審公判では、責任逃れと思える弁解をして、自ら犯した犯罪の重大性について必ずしも十分な自覚をしているとは窺えないことなどからすると、被告人Aの責任は決して軽いものではない。しかしながら他方、犯行の発案者及び積極的な推進者はCらであること、被害者に負わせた致傷の点も、幸い軽い傷害にとどまっていること、被告人Aが分け前として受け取った五〇〇万円のうち四六〇万円は、使い込みの穴埋めという形であるものの、同被告人の手によって甲野の金庫に戻されており、同額の被害回復がなされているといえることなどの事情を考慮すると、同被告人に対する原判決の懲役八年の刑はやや重すぎるといわざるを得ない。したがって、量刑不当をいう論旨は理由がある。

第三  結論及び自判

以上のとおりで、被告人Aの弁護人の量刑不当をいう論旨、及び被告人Bの弁護人の法令適用の誤り及び事実誤認をいう論旨(事実誤認をいう論旨についてはその一部)は、それぞれ理由があるので,被告人Bの弁護人のその余の論旨については判断を省略して、被告人Aについては刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により、被告人Bについては同法三九七条一項、三八〇条、三八二条により、原判決中被告人両名に関する部分を破棄することとする。そして、同法四〇〇条ただし書により更に次のとおり判決することとする。

一  被告人A関係

原判決認定の(罪となるべき事実)の第二の事実に、刑法六〇条、二四〇条前段を適用して、所定刑中有期懲役刑を選択し、前記量刑不当の主張に対する判断において示した各情状、及び当審において父親から乙山に対し五〇万円の被害弁償がなされている事実を考慮して、同法六六条、七一条、六八条三号を適用して酌量減軽し、その刑期の範囲内で被告人Aを懲役六年に処し、原審における未決勾留日数の算入につき同法二一条を、原審における訴訟費用を負担させないことにつき刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用する。

二  被告人B関係

被告人Bについては、原判決が有罪を認めた予備的訴因である、「被告人は、株式会社乙山の経営する静岡県浜松市《番地略》所在のR92ビル二階ゲームセンター「甲野」の店長として、同社の就業規程に従い誠実に職務に従事する義務を負っていたものであるが、A、D、C、Eほか三名が共謀の上、同社の経営するパチンコ店の売上金等の集金人G(当時三六歳)から売上金を強取しようと企て、平成八年一一月五日午前九時一二分ころ、同ビル東側出入口付近において、右Dが、同ビル一階の同社の経営するパチンコ店「丙川」、同「丁原」等の売上金を集金し終えて同ビルから出てきた右Gに対し、すれ違いざまに、その顔面を肘で強打してその場に昏倒させるなどの暴行を加えてその反抗を抑圧した上、同人が所持していた右売上金合計約一、九六五万三、六二〇円等が在中するジュラルミンケース一個(時価合計約一万円相当)を強取し、その際、右暴行により、同人に対し、加療約一〇日間を要する顔面挫創、頭部打撲傷等の傷害を負わせるに先立ち、同年一〇月一八日ころ、前記「甲野」事務所内において、右Aから右強盗の計画を明かされたのであるから、同社の上司あるいは警察に通報するなどの措置をとって、これを未然に防止すべき法律上の義務があり、かつ、右措置をとって容易に右計画を防止することができたにも拘わらず、右Aから暗に黙認して欲しいと依頼された上、右強取金の一部を同人と共に被告人が使い込んだ前記「甲野」の両替金等の穴埋めにすると明かされていたことから、これに応じ、前記犯行に至るまでの間、右Aらの行為を容認して前記措置をとらず、もって、前記犯行を容易にさせてこれを幇助したものである。」との公訴事実については、すでに控訴趣意に対する判断のところで記述したとおり、その犯罪の証明がないことになるので、刑事訴訟法三三六条により無罪を言い渡すこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本光雄 裁判官 松浦 繁 裁判官 樋口裕晃)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例